皆様からのお便り(2.A)藤川 卓爾様
三菱重工が誇るタービン技術の粋を尽くして完成した北陸電力殿向け七尾大田1号タービンの開発に関わられた
藤川卓爾様から非常に貴重な資料とともにその完成秘話を投稿頂きました。(伊藤)
北陸電力七尾大田1号タービン 藤川 卓爾
平成30(2018)年6月に北陸電力七尾大田発電所を訪問しました。七尾大田1号タービンは平成7(1995)年3月に営業
運転を開始しましたので、訪問時までに23年間余り、現在までに25年間余り大きな問題なく順調に運転されています。
北陸発電工事七尾事業所川中所長と一緒 に (右端が筆者)
このタービンを受注したのは平成3(1991)年で、長船初の超臨界圧タービンでした。
蒸気条件はそれまでの超臨界圧プラントの主流であった主蒸気/再熱蒸気温度538/566℃をそれぞれ28℃(50°F)
ずつ高めた566/593℃が採用されました。戦後の日本の発電プラントはアメリカの技術を輸入して建設されたので、
蒸気条件も1000°Fや1050°Fをそのまま使用したため538℃や566℃という半端な値になっていました。七尾大田1号
タービンでは従来の1000/1050°Fを1050/1100°Fに向上しました。
蒸気条件を向上して性能の向上を図るUSC(Ultra Super Critical :超々臨界圧)プラントの開発は昭和55(1980)年
から始まりました。
電源開発では第一次オイルショックの後、将来長期的安定的に資源調達できるものは輸入炭であるとして大容量輸入炭
焚き火力の松島発電所を建設しました。
資源輸入国の日本としてはさらなる効率向上によって経済性向上と環境影響低減をすることが必要です。
石炭火力高効率化の本命はIGCC(石炭ガス化複合発電)ですが、当時の技術ではIGCCを開発実用化するにはまだ時間を
要するという状況でした。一方、従来の蒸気プラントの蒸気条件を向上して効率向上を図るUSCは早期に実用可能と
考えられました。
米国では1959年に主蒸気圧力34.5MPa(約350気圧、5000psig、1平方インチ当たり5000ポンドの圧力)、
主蒸気/一段再熱蒸気/二段再熱蒸気温度649/566/566℃(1200/1050/1050°F)のPhiladelphiaElectric
Eddystone 1号タービンが建設されましたが、運転開始後に配管のクラックやロータの振動などの問題が
発生し、蒸気条件を下げて運転していました。その後20年余りの時間が経過し、その間に進歩した材料や工作技術を
適用すればEddystone 1号の問題は解決できると考え、大容量USC発電プラント開発プロジェクトが開始されました。
1000MW級USCタービンが実現可能であることを示すために、VHPタービンをシミュレートした超高温タービン
を製作して実際に発電する実証試験が行われました。若松発電所2号75MWタービンのHP-IPタービンを新製換装、
LPタービンを流用して50MW超高温タービンとしました。
プロジェクト開始時点では649℃の高温に耐えるオーステナイトロータが製造できるかどうか分からなかったので、
大容量USCプラントの蒸気条件を2つの段階に分けました。
第一段階は31.0MPa(4500psig)、593/593/593℃(1100/1100/1100°F)で、この温度ならタービンの主要部品を
すべてフェライト系材料で構成可能です。
第二段階は34.5MPa(5000psig)、649/593/593℃(1200/1100/1100°F)で、ロータや内車室にはオーステナイト系
材料を使用する必要がありました。
若松超高温タービン実証試験もこの二つの段階に対応して、
〈STEPⅠ〉 10.0MPa、593/593℃(1100/1100°F)、 〈STEPⅡ〉 10.0MPa、649/593℃(1200/1100°F)
の二つのSTEPに分けて行いました。
日本最高、世界最高の蒸気温度への挑戦ゆえに色々な問題がありましたが、一つひとつ解決して行きました。
材料面ではSTEPⅠの593℃(1100°F)用に新12Crロータ、12Cr鋳鋼を開発しました。STEPⅠの開発、実証試験をしている間に
STEPⅡの649℃(1200°F)用のオーステナイトロータの開発を進めました。
一番苦労したのは世界で初めてのロータ表面温度の計測です。ロータの中心には直径10cm強の中心孔があります。ここに
熱電対を入れて中心孔の温度を計測することはアメリカで実績がありました。若松では中心孔からロータ表面まで細い穴をあけて
熱電対を通してロータ表面の温度を計測しました。熱電対がロータ表面に出る部分のプラグを特殊材料でシールしていましたが、
何回か発停を繰り返すうちにシールが劣化し、ここから蒸気が中心孔に侵入して液化し不安定な振動が発生しました。
STEPⅠ用の12Crロータではプラグをシール溶接して対策しました。STEPⅡ用のオーステナイトロータでは材料の専門家が
溶接は不可能と言いましたが、プラグの形状を工夫してシール溶接しました。
STEPⅠでは昭和62(1987)年から3年間、タービン運転時間14,300時間、発停回数210回、STEPⅡでは平成2(1990)年
から1年3ヶ月間、タービン運転時間5,130時間、発停回数52回の実証試験を完了しました。
平成以降の日本の発電プラントの蒸気条件向上の経過を次の表に示します。
蒸気圧力の向上では、平成元(1989)年と翌年にLNG焚き二段再熱プラントの中部電力川越1、2号700MWタービン
が運開しました。このタービンは東芝が納入しました。主蒸気圧力31.0MPa、主蒸気/一段再熱蒸気/二段再熱蒸気温度
566/566/566℃(1050/1050/1050°F)です。
一方、蒸気温度の向上では若松超高温タービン実証試験の成果が適用され、それまで30年以上566℃(1050°F)に
停滞していた温度の壁を超えました。
平成5(1993)年に運開した中部電力碧南3号700MWタービンでは従来の主蒸気/再熱蒸気温度538/566℃
(1000/1050°F)のうち、圧力が低い再熱の蒸気温度を28℃(50°F)高めて593℃(1100°F)とし、中圧タービンに
新12Crロータを採用しました。
次が平成7(1995)年運開の北陸電力七尾大田1号500MWタービンで、主蒸気/再熱蒸気温度ともに従来より
28℃(50°F)高めて566/593℃(1050/1100°F)とし、HP-IPタービンに新12Crロータを採用しました。
HP-IPタービンは若松超高温タービンと相似の構造です。
平成9(1997)年運開の電源開発松浦2号1000MWタービンでは、主蒸気/再熱蒸気温度とも
593/593℃(1100/1100°F)とし、HPタービン、IPタービンに新12Crロータを採用しました。
平成10(1998)年運開の中国電力三隅1号1000MWタービンでは、それまでのアメリカ技術を踏襲したft-lb単位から
脱却して主蒸気圧力24.5MPa(250kgf/cm2)、主蒸気/再熱蒸気温度600/600℃としました。
さらに、平成12(2000)年運開の電源開発橘湾2号1050MWタービンでは主蒸気圧力25.0MPa、主蒸気/再熱蒸気温度
600/610℃が採用されました。
その後、平成21(2009)年運開の電源開発磯子新2号600MWタービンでは再熱蒸気温度がさらに10℃高められまし
た。このタービンは当時の日立製作所が納入しました。
このように、現在の日本の発電プラントの蒸気条件は一段再熱で主蒸気圧力は従来の超臨界圧24.1MPaの微増
の25.0MPa、主蒸気温度は600℃、再熱蒸気温度は600℃超級が標準となっています。さらなる蒸気条件向上のための
開発も行われていますが、昭和55(1980)年のUSC開発開始から40年の歳月が流れ、当初開発実用化にはまだ時間
を要するとされていたIGCCが既に実用化されました。以上