皆様からのお便り 「ゴライアス」 松永 巌様

 松永様より香焼工場のゴライアスクレーン建造にかかわる秘話をご紹介頂きました。当時のスケール大きな活気ある長船の様子が切れ
のある文章で書いて頂きました。ご一読ください。(伊藤)

ゴライアス               松永 巌


 昭和三八年(1963年)長崎造船所の管理課長を拝命して間もない頃、造船担当の竹沢五十衛副所長が私の所においでになり、折り入って相談が
あるとの事で、応接で話を伺った。竹沢副所長とは昭和十一年(1936年)東大造船の卒業で、入社早々例の戦艦「武藏」の建造を隠蔽する為の
棕櫚を買い漁った事で有名な人である。
 話の筋は、「世界の油需要が増大し、超大型のタンカーが必要となって来る。100万トン級のタンカーの建造可能な超大型ドックを極秘に計画
するため、㊙(マル船)計画と称するプロジェクトチームを結成する。メンバーが造船屋ばかりでは変化を求められないから、機械屋としてチーム
に参加して欲しい」というものであった。
 大プロジェクトであり、直ちに直属の津田鉄弥部長を通して機械担当の林静副所長に報告、アイデア・マンで著名の木下克巳技師と二人でチーム
に参加する事に快諾を得た。
 第一回の㊙(マル船)計画は立神の造船工作部の会議室で行われた。ドアには㊙(マル船)と書かれた紙が貼ってあり、外から見えない様になって
居た。中には竹沢副所長を始めとする造船の錚々たる顔触れがあった。しかし私より若い新進気鋭の技師(六尾和照技師、泉武技師等)も
数名居た。
 竹沢副所長から計画の概要が説明された。「長崎港外にある香焼島(こうやぎじま)に長さ約1000米、幅約100米、深さ約15米の
建造用と修繕用の巨大ドックを二個作る。工場内で600トン迄の大きなブロックを作り、これを台車に載せてドックに運び、ドックを跨いで
移動出来る巨大な門型クレーン二基を使用し、ドック内の建造現場に運ぶ、所謂超巨大ブロック建造をやるのだ」と説明があった。
 この巨大な門型クレーンの俗称が「ゴライアス」と言うのである。本来ゴライアスとは聖書の中の神話に出てくる「ダビデの為に殺された
ペリシテ族の巨人兵士」の事である。正確にはゴライアス・クレーンと称すべきであるが、単に「ゴライアス」と呼ぶのが普通である。
 どれ位大きいのかと言うと、高さが100米、門の幅が185米、重さ6700トンと想像が付かないほど巨大なものである。
 ㊙(マル船)計画の会議はその後何回も続き、建造費の割当ても決められた。総予算は約400億円、当時の長崎造船所の年間売上げに匹敵する
膨大な金額。竹沢副所長は私に「この二基のゴライアスとドックの海水の開閉ゲートの機械部分を11億7000万円で纏めてくれ、余裕は一円も
無い」と言われた。
 これほど大きな鉄鋼物を造れるメーカーは造船工場しかないのであるが、その造船工場は造船ブームの真最中で、皆多忙を極め、受ける所が
無かった。考えたのは建物の鉄骨を造るメーカーであるが、建築業界も結構忙しく、受け手が無かった。私一人では手に負えず、部下で顔と押しの
効く松本由治君を助手にした。彼は工員席ではあるが有能で体が大きくジャイアンツと呼ばれて居た。彼が鉄骨メーカーの北九州の川岸工業がやれる
かも知れないという情報を得て来た。早速私も松本君を連れて小倉の川岸工業を訪ねた。豪放磊落な川岸栄社長はやる気満々であったが、技術担当の
都留信夫部長が慎重であった。社長の弟の憲男専務は、私の一年上の京大出で話が良く合った。最後は竹沢副所長も引っ張り出して、漸く都留さんを
説得させた。社を上げての取り組みであった。私も何回も工場を訪ねては進捗状況を把握し、時には憲男専務に北九州のゴルフ場に案内される事も
あった。
 漸く完成の日。川岸工業を訪ねて驚いた。入口の柱が一本外されて居るではないか。都留さんの説明に依ると、工場から搬出する時に、どうしても
出せなく、柱を外したとの事であった。私も大変恐縮して謝った。
 この鉄鋼物はこれで終わりではなく、これを船に載せて、クレーン取纏め担当の広島造船所に運び仮組みをして確認し、解体して船で建設現場の
長崎の香焼島に送ることになる。
 ドックの工事も着々と進められて居たが、結局二基の600トンゴライアスが完成したのは、昭和四七年(1972年)三月、私が本社へ転勤して
一年後であった。その後長崎へ出張した時に松本君を連れてゴライアスを見に行った。
 見上げある様な高さ、白と橙橙に塗られた大きな橋脚、川岸工業が社を挙げて製作して呉れた巨大な横桁は、中央に真紅に彩られた
スリーダイヤを輝かせ橙橙色に塗られていた。「ゴライアスよ。安全に頑張って呉れ!!」と心の中で叫んだ。
 その後更に容量二倍の1200トンの超大型ゴライアスが平成20年に完成したと聞いているが、未だお目に掛かっていない。
                                                       2020年7月30日著


(上)香焼工場の600トン・ゴライアスクレーン(縦列建造でLPG運搬船やVLCCを二隻同時建造可能になった。(平成17年2005年撮影

(下)平成20年(2008年)に新設された1200トンゴライアスクレーン
   左側では前列のクレーン、 右側では一番左側のクレーンが新設1200トンクレーン。吊り上げ能力は倍ですが、高さは
   それほど変わらず、しかも自重は軽くなっています。