皆様からのお便り 『「核兵器禁止条約は日本を守れるか」新しい現実への正念場』を読んで 伊藤一郎

佐野利男著『「核兵器禁止条約は日本を守れるか」―新しい現実への正念場―』(信山社発行)を読んで                                              伊藤一郎

 私の大学時代の同期で50年来の友人・佐野利男氏から一冊の本が送られてきた。
    『「核兵器禁止条約は日本を守れるか」―新しい現実への正念場―』(信山社発行)であった。
 彼は外務省出身の外交官で在デンマーク国・特命全権大使の後、軍縮会議日本政府代表部・特命全権大使を歴任した
軍縮のエキスパートです。よく会って趣味の歴史散策や夕食に行くが、その度に議論がかみ合わないのが、核軍縮の
日本の進め方についてでした。
 長崎に長年住んでいたため、核廃絶への取り組みには強く共感して、取り分け彼がジュネーブ軍縮会議の代表であった
時期には頻繁にテレビに出て、核兵器禁止条約に反対する姿勢が、あたかも唯一の被爆国日本が世界の核廃絶への動きに
抗している象徴のように報道された時は、個人的には可哀そうな立場だと思う一方、何故日本はこれを拒否しているのか
について納得いかない自分が居ました。

 今回彼の著書を読んで、「人道主義的なアプローチだけでは日本の安全は守れず、この核兵器禁止条約に入った途端、
核抑止に依存できなくなる」の一点でこの条約には加盟できない現実的な事情と理屈が明確に分かりました。
 取り分け今年に入ってロシアのウクライナ侵略を目の前にして顕著になった「核保有国からの核使用の恫喝には核で対抗して
抑止していくしか国の安全を守る現実的な道はない」と言うことが明白になり、この立場への理解を国民意識として持つことが
重要であると思います。

 現在世界には核をめぐる二つの大きな条約があります。
(1)「核兵器不拡散条約」(NPT;1967年締結、1970年3月発効。191か国参加)
  非核兵器国の核不拡散義務と原子力の平和利用の権利、核兵器国(米露中英仏)の核軍縮交渉義務、運用決定会議の設置等
  を規定して、5か国以外の国の核保有を禁ずる「不平等条約」ですが、冷戦終結の結果も受け1995年NPTの無期限延長が
  決定された。核軍縮と廃絶への一番重要な条約。

(2)「核兵器禁止条約」(2020年締結、2021年1月発効。50か国が参加)
  2017年核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞を契機に非核兵器国、国際赤十字等軍縮NGO等の活動
  も加わり、核兵器禁止条約が国連の場で議論され、2021年1月に発行して大きな話題になった。
 
   この二つの大きな条約が今後相いれない状況になって来るとの危惧も本書で良く納得できた。

  国際社会は、核兵器国と非核兵器国に分かれ、後者はさらに「核の傘」に安全保障を依存する国と「核の傘」の外側にいる
 国に分かれ、安全保障上の立場を異にしている。
  核兵器禁止条約は「核の傘」の外側にいる国のみにより主導された。プーチンによる核使用の恫喝も含めたロシアの
 ウクライナ侵略、北朝鮮の度重なるミサイル発射、中国の海洋進出と尖閣列島への脅威等を前にして、核管理・廃絶、軍縮問題
 は世界的に、そして中・ロ・北朝鮮に囲まれた日本にとって今直面する最重要課題であり、かかる意味において、本書は
 極めて時宜に即した著書であり、ここに皆様にご紹介する次第です。
  【注】日本国際問題研究所理事長 佐々江賢一郎様の推薦の辞 も添付致しますのでご一読下さい。

   第1章 核兵器禁止条約と核抑止(条約成立への経緯、核兵器禁止条約の問題点等)
   第2章 漸進的アプローチの擁護
   第3章 新たな軍備管理の展望
   第4章 多国間軍縮条約の擁護

 

 【推薦の辞 ; 日本国際問題研究所理事長 佐々江賢一郎
 本書は、核軍縮・軍備管理をめぐるこれまでの歩みを振り返りつつ、人類の目標としての核兵器廃絶と主権国家が抱えている
安全保障上の要求との相克について、現場を経験した外交官の視点から分析し、今後我々がとるべきアプローチについて専門家
としての率直な見解を述べ、提言を行っている。
 とりわけ、昨今注目を集めている核兵器禁止条約について、近年の核軍縮の停滞やNPT体制上の義務を十分履行しない
主要核兵器国に対する多くの諸国の不満などその背景を理解しつつも、その規範的アプローチが核兵器保有国あるいはその
拡大抑止に依存する諸国の安全保障上の懸念に応え得ない非現実的なものとして批判的な分析、見解を表明している。
核兵器禁止条約が諸国の分断を招来しているとの位置づけである。
 著者は、核軍縮さらには廃絶への道筋は、いかに困難でもステップ・バイ・ステップで信頼醸成を育みながら現実的な措置
を積み上げていくしかないという「漸進的アプローチ」を強く唱道している。この関連で、核兵器国が「ギリギリ飲み込める」
措置を追求していくことが重要だが、その時点での国際情勢、とりわけ米国、ロシア及び中国といった核大国の協調関係が
なければ、これもまた困難であるとの厳しい現実認識を述べている。
 また、これまで議論や各種イニシアティブの対象となってきている核兵器の役割やリスク低減の在り方についても、その効果
と限界、検証や不可逆性といった問題点について論じている。
 本書で、特に注目してよいと思われるのは、今後インド太平洋地域で中国の核、ミサイル、さらにはサイバー、宇宙の分野で
軍備拡張が予見される中で、いかにして米露中の3か国による軍備管理交渉を実現するかについて、その具体的ステップを
提案していることである。【中略】
 本書は、核兵器禁止派、核抑止力低減反対派或いは中間派のいずれの立場の人々にとっても、互いの立場を理解し、今一度
その妥当性を検証してみる良い材料を提供している。また専門的課題を比較的わかりやすく解説しているので、関心を有する
一般の方々やなぜ核廃絶や禁止が難しいか疑問に思う若い諸君にも有益であろう。
 著者の佐野利男氏は、互いに外務省に勤めていた頃の同僚である。軍備管理・軍縮問題でジュネーブ軍縮代表部大使として
活躍され、今原子力委員会委員をされている。本書が広く読まれることにより、軍縮問題についてより理解が広まることを
心から願う。