皆様からのお便り NiAS(長崎総合科学大学)での日々 藤川 卓爾様
NiAS(長崎総合科学大学)での日々 藤川 卓爾
三菱重工を定年退職後、NiAS(Nagasaki institute of Applied Science:長崎総合科学大学)に勤務した。
この大学は旧川南造船所が昭和18(1943)年に設立した「川南高等造船学校」を起源とする。川南造船所は香焼島で戦時標準船を
建造した。また、後に初代の南極観測船となる「宗谷」も建造した。
この学校はその後、昭和25(1950)年に「長崎造船短期大学」、昭和40(1965)年に「長崎造船大学」となり、
昭和53(1978)年に「長崎総合科学大学」となった。
長崎総合科学大学グルーンヒルキャンパス
この大学に赴任して良かったと思ったことが3つある。
1番目は「風光明媚」である。グリーンヒルキャンパスの最上部に船舶工学科の船型試験水槽があるが、そこからの眺めは
抜群である。晴れたときには雲仙普賢岳が見える。
2番目は「教授室が広いこと」である。国立大学の教授室の2倍くらいある。
3番目は「バークガフニ先生」である。ブライアン・バークガフニ先生と同じ職場で仕事が出来たのは幸せであった。
バークガフニ先生はカナダ生まれで禅と日本の心にあこがれて来日し、長崎の町に惹かれて定住した。
バークガフニ先生が「ウオーカー家の足跡調査にもとづく長崎居留地の通史的研究」で博士(学術)の学位取得時に筆者は
論文審査の副査を務めた。
バークガフニ先生には色々な場面で講演していただいた。聴衆を退屈させない独特のユーモアのセンスがあり、日本人以上に
日本のことを熟知し、日本人以上に心配りができ、日本人以上に日本人らしいバークガフニ先生は私にとって世界と日本を
つなぐ架け橋になっている。
上述の3つの良所がある職場における思い出のいくつかを以下に述べる。
大学教員の仕事は教育と研究である。工学部機械工学科教授として、教育では、「蒸気工学」、「内燃機関」、「伝熱工学」などの
講義と、「メカフォーラム」、「機械工学実験」などの実習を担当した。1週間の教員の勤務内容を下記に示す。
「メカフォーラム」というのは実習によって機械工学を学ばせる科目である。私が担当したのは、光岡自動車製の50㏄エンジン付き
の一人乗自動車の分解組立を通じて、自動車の構造を理解するものである。
メカフォーラムでの自動車作り
会社員と比べて大学の教員は自由時間が多いと言われるが、地方私立大学では業務を補助してくれる人員がなく何事も自分で
行わなければならないので結構忙しかった。おかげでWORD、EXCEL、POWER POINTなどのOA技術が身に付いた。
研究では前任者の「熱工学研究室」を引き継いだ。私自身は学生時代にディーゼルエンジンの研究室に属していたので、前任者の
エンジンの研究を引き継いだ。
エンジンの研究は今や自動車会社や多くの大学で実施され尽くされているといえる中で何か特長を出す必要があった。
同じ大学でバイオマスからメタノールを生成する研究が実施されていたので、メタノールをディーゼルエンジンの燃料として
利用することを試みた。メタノールは自己発火性が低く、ディーゼルエンジンには適さない燃料である。
そこで軽油とメタノールを混合した燃料で試験をしようとしたが、両者は直接には混ざらないので繋ぎにオクタノールという
別のアルコールを加える必要があった。それでもメタノール混合率はせいぜい30%程度に留まった。
一方、使用済食用油から製造するバイオディーゼル燃料(BDF:Biodiesel Fuel)は既に実用化されていたのでこれを実際に使用する
実証試験を実施した。附属高校の教諭が運動部の活動用に私有していた29人乗りのバスを廃車にするとの話があったので、このバス
を大学で引き取ってバイオディーゼルバスとした。
PR効果を考えて、バスの外面をライトグリーンに塗装した。また、一般の人々にアピールするメッセージとして、「環境を守る
NiAS 長崎総合科学大学 このバスは石油の代わりに、使用済てんぷら油で作った燃料(BDF)で運転しています」の文字を両側面に
入れた。バイオディーゼルバスの愛称を募集し、審査の結果、「クリーンNiAS号」に決定した。
このバスは既に長期間使用されていたため、導入後約1,400㎞走行で不調となったので廃車にした。
その後、「2代目クリーンNiAS号」を導入した。「2代目クリーンNiAS号」は約2年間、学生の通学用に中央橋~大学間の
「シャトルバス」として約2万km運行された。雲仙の仁田峠までデモ運転をしたこともある。
長崎型バイオディーゼル燃料
バイオディーゼル燃料製造についても長崎県環境保健研究センターと共同で長崎型バイオディーゼル燃料の開発をした。
バイオディーゼル燃料を製造するには使用済食用油をメタノールと反応させて加熱する必要があるが、メタノールは化石燃料
から製造し、加熱には火力発電の電力を使用しているのでカーボンニュートラルとは言えない。
これに対してバイオマスから生成したメタノールと雲仙の温泉熱を用いることによって100%自然エネルギーの
長崎型バイオディーゼル燃料の実現を目指した。
この他に小型垂直軸型風車の実用化研究も実施した。網場は余り風況が良くなかったが、基本的なデータを取得することが出来た。
さらに、不倒コマの回転性能向上の研究も実施した。大気中で30分以上回転し続けるコマを真空中で回転させてギネス記録を
目指したが叶わなかった。
第二の人生として教員を選んだが、会社員とはまた別の世界であり貴重な体験をすることができた。
若い人たちの育成にいささかなりとも貢献できたとすれば幸いである。以上