皆様からのお便り 「インドでのボイラ・タービン合弁会社設立の裏話」 横田 宏様

    インドでのボイラ・タービン合弁会社設立の裏話     横田 宏

 2007年に 三菱重工とインドL&T社が、ボイラとタービンの合弁会社を設立することが決まり、2008年6月にインドの
Gujarat州Surat市に赴任しました。
 事務所に行くとタービン会社のインド人社長S.K.Das氏から「君はL&T MHI Turbine Private Ltd.(タービン合弁会社)の
3番目の社員です。歓迎します。」と言われました。Das氏の他にインド人の人事部長が一人居ただけで、日本人はおろか
インド人の社員も他におらず、工場の建設予定地も広大な荒地(一部沼地)で何もない状態でした。

ボイラ・タービン合弁会社については、馬渕洋三郎先輩が既に設立体験記を寄稿しておられますので、私はGujarat州Surat市
という田舎町に3年半滞在し工場を建設し稼働させた裏話の一端を紹介させていただきます。

【注』Surat(スーラト)市はインド北西部にあるグジャラート州南部の港湾都市。
  2011年現在の統計では人口は446万人でインドでは第8番目に人口が多い都市。

 何も知らないインド人社員にタービンについて教えること、インド中の電力会社&
コンサル会社を回って三菱大型タービンを売り込み、注文を取ることが私の最大の任務
でしたが、少し遅れて長船から派遣されてきた数人のボイラ・タービンのスタッフと
共に、Surat市で日本人が暮らしていける住環境を整えることも大切な任務でした。
 ボイラ・タービン・発電機工場が本格稼働した暁には、溶接、機械加工、組立など
約50人の指導員がやって来るので、この方々が不自由なく暮らしていけるように
しなければなりません。それができなければ、忙しい長船のボイラ・タービン工場
三菱電機から優秀な指導員を派遣してもらうことができません。

  一方、Gujarat州はマハトマ・ガンジーの出身州で、人口の85%がベジタリアンで、禁酒州(インド人は州内でお酒飲むのは
違法)です。最初の数か月は、私を含む数名の日本からの派遣者は、インド人コックのカレーを三度三度食べてしのぎました。
(個人差はありますが日本人のお腹は多量の香辛料が入ったインドカレーに耐性がないので、私はずっとお腹はこわした
ままでした。生水、生野菜はとらずとも香辛料と質の悪い食用油でお腹は不調になります。)

  約1年後に漸く、廃業したMumbai市の日本食レストランのインド人スーシェフを雇うことができ、カレー地獄から解放され
ました。(インド人といえども、DelhiやMumbaiのような都会からSuratのような田舎町に来るのを好みません。)

 外国人がほとんどいないSurat市では、日本人が食べられるような肉や魚を手に入れるのはほぼ困難です。
 ベジタリアンが食べない肉や魚はSurat市では需要がないので売っていません。全世界チェーンのピザ屋Pizza Hutでも、Surat店には肉、魚、エビの入ったメニューはありませんでした。

 赴任当初は人数が少なかったので、長崎からの派遣者が日本に一時帰国した際に肉や魚を冷凍したものをスーツケースに
入れて持ち込んでいましたが、このやり方では50人の指導員を食べさせることはできないので、Chennai市の
日本食レストランと契約して、毎月数10 kgの肉と魚を送ってもらうことにしました。同時にこれを備蓄する冷凍庫が
必要になり、タンスのように大きな冷凍庫を2つ買いました。

 禁酒州でも外国人は免許を買えば(免許を取るのではなく買う)、外国人用の酒屋でお酒を買うことはできます。
 ただし、公衆の面前では飲めません。従って、外食レストラン(ホテルも含む)ではお酒は提供されません。
 自宅でしか飲めないので、自宅でまともな食事をとれるようにする必要がありました。

 外国人用の酒屋に売っている酒には中身が怪しいものもあるので、ビールだけはこの酒屋で調達し、焼酎は、日本から
赴任者、出張者に「焼酎3升以上持参しないものは受け入れない」というルールを作って、焼酎を備蓄・管理しました。
 焼酎の一升紙パックは、インド人が見ても中身がお酒であると認識できないので通関、州境の検問にも引っかかることは
ありませんでした。
 酷暑の中、インド人との仕事で疲れ切ったスタッフ、指導員のリフレッシュにはアルコールが必要です。
 我々最初の数人の派遣メンバーも、三度の不味いカレーを焼酎で流し込んで心身の健康を維持できたのだと信じています。


 Surat市には、外国人が住むような家はないので、インド人用の住宅(全く同じ型の家が立ち並んでいるような場所)を
借りて住みました。日本からの派遣者が増えるのに応じて借り増ししたので、インド人のコミュニティと揉め事もありました。
インド人自治会から、「日本人は、酒を飲んで、タバコをすって、肉を食ってけしからん。中でも肉を焼く匂いが最も
耐え難い。」とクレームを受けた時は驚きましたが、「飲酒、喫煙、食肉と三拍子そろっても日本人は、インド人よりはるかに
長寿命なので、あなた方もあまり心配することはない。」と訳の分からない返答で煙に巻いておさまったことがあります。

 最後にインドのカレーについて一言。インド人は「インド料理ほどバラエティに富んだ料理は他にない。」と言います。
 日本人から見ればカレーばかりでどこにバラエティがあるのか、むしろカレー一択ではないかと言いたくなりますが、
香辛料の種類、取り合わせが無限にありその微妙な差をもって、インド料理がバラエティに富んでいると言っているようです。
 インド人はその微妙な味の差を検知できる味覚をもっているのですが、日本人にはそのバラエティを区別できる味覚が
備わっていないと私は思っています。日本人の味覚のレンジが1~10とすれば、インド人の味覚のレンジはもっとずっと
広いのではないか、例えば1~50とか。インドのカレー料理のバラエティは20~50ぐらいのところに分布しているの
だけれども、日本人の味覚レンジをオーバーしているので、全部カレーと呼べる同じような味にしか感じないのではない
でしょうか。
 逆に、インド人は、日本料理はどれも味がないと言います。1~10のレンジの日本料理の微妙な味わいはインド人には感じる
ことができないのだと思います。

 2008年3月の定礎式の際に、福江一郎原動機事業本部長(当時)にご来訪頂きました。インドに立派な工場ができて数多くの
大型ボイラ・タービン・発電機をインド内外に供給することができたことは当時の長船、高製、三菱電機の皆さんのご支援
のおかげであり、今でも感謝しております。以上
 

   

            完成した「L&T MHI Turbine Private Ltd.(タービン合弁会社)」工場の入口