2.A 皆様からのお便り 「ボランティアの入口」 その2 築地 洋一様
9月号に続いて築地様より貴重な体験に基づくアドバイスを書いて頂きました。長文の投稿誠にありがとうございました。(伊藤)
、 「ボランティアの入口」 その2 築地 洋一
前月号でボランティアなどの活動を始める時に出会う関門について書きましたが、そこで触れた三つの活動の内容を簡単に
紹介します。
1.大学の聴講
大学の聴講は以前この「生き生きOBライフ」に報告しましたので、補足だけをします。
地球科学と生命科学の命題とは、①世界はどのように 作られたのか、②ヒト(生命)はどうやって生まれたか、そして
どこに行くのかです。
これは太古の昔から、どの民族の伝承・神話・宗教でも、 天地創世・人類誕生神話として語られています。またどの
哲学・科学でも追求されている永遠の命題です。文系とか理系とかに関わらず我々全員 が興味をそそられると思います。
みなさまにもお薦めできるOBライフのメニューです。残念ながら昨年度・今年度はコロナ禍で日大文理学部は 社会人聴講生
を採りませんので、私は今年度放送大学に短期入学しました。しかし研究者の息吹に直接触れる対面授業にまさるものはありま
せん。
2. 裁判所の調停委員の活動
調停制度の存在は知っていましたが、実際に調停委員になろうと思ったのは定年退職の直前に、長機会の会員で家事調停委員
をしておられた 澤本嘉文さん(残念ながら9月に逝去されました)からお話をうかがってからです。
調停は裁判の補助機関です。法の枠内でありながらあくまでも当事者同士が話し合い,お互いが譲り合って解決することを
目的としています。 調停委員はそれを促すものです。ですから法の枠内で必ずしも法律にしばられず,実情に合った円満な解決
を図ることができます。裁判を避ける 風潮のある日本では裁判よりも多く利用されています。
調停委員は裁判所が任命する非常勤の国家公務員で、若干の報酬はあるものの基本はボランティアです。民間の有識者つまり、
弁護士を最多 として、専門知識をもつ医師・建築士・会計士など、そしてその他常識的な判断を期待される一般の市民です。
私はその最後の範疇に入って いました。高崎の場合は家事調停委員と、私が属した民事調停委員を合せて約100名で、男女
同数でした。調停が申し立てられるとケース毎に 裁判官1名、調停委員2名で調停委員会が作られ、申立人・相手側双方から
話を聞いて解決をはかります。調停が成立するとその結果は裁判の 判決と同じ効力を持ちます。民事調停の場合平均して
3ヶ月強の調停期間で、調停成立の割合は60%ほどあります。調停委員の定年は70才、 その中から定年75才の司法委員も
選任されます。司法委員は裁判になった事案の中で裁判官が和解が相当と判断したケースを担当します。 司法委員は別室で調停
と同じようなプロセスで原告・被告の和解を仲介します。
左は調停の模擬写真です。これが最終段階でのフルメンバーですが、前段階では調停委員二人が当事者双方から個別に話を聞いている場合もよくあります。当事者は複数のこともあり弁護士がついていることもあります。
調停で扱う事案は法律の解釈をめぐって争う、あるいは多額の金銭がからむ
大きな裁判でなく、日常の小規模な、しかし当事者にとっては 生活の基盤を
ゆるがす切実な問題です。裁判では裁判官は法と証拠と事実だけで判断する
よう定められているので、弁護士を雇った資金力のある 企業や個人に一般人
が立ち向かうのはなかなか大変です。調停ではとことん当事者の言い分
を聞いた上で法の範囲の中で常識的な調停案を作り 出せます。
見ず知らずの人達の切実な問題に立ち入って何とか解決の切り口をさぐる
のは精神的な消耗も覚悟する必要がありますが、心意気のある人達に お勧めの定年後ライフです。
「なぁに!足して二で割っているだけではないか?」、などという批判はあります。 しかし私個人の感想ですが、国民が
求める 公平さの最後の拠り所として機能していて、日本の社会の安定を支える重要な装置の一つだと思います。
私達にとってやりがいのある仕事だと 思います。
調停委員になってわかったことの一つは、「我々三菱重工の元社員は日本の社会の平均値から相当外れた特殊集団だった」と
いうことです。 事業目的にあう優秀な人材を集めたのですから平均値から離れているのは当然です。しかしその目で世の中
全般を判断することはできません。 裁判所で目にしたのは世の中の平均的な人が多いのですが、その他にもピンキリ、
極貧の中にあって高潔な人、自分勝手な理屈を述べ立てる クレーマーもどきのおばさん、その筋の人らしいおにいさん
などなど多彩です。調停のケースも多岐にわたっていて、重工の外の社会では こういうこともあるのかと、私にとっては社会
と人生の勉強をさせてもらう場でした。
3.音訳ボランティア活動
視覚障害者のために本を読むボランティア、この音訳という活動については以前冨永さんが寄稿 (添付ご参照)しておられるので そこで書かれていない事項を補足します。
視覚障害者のために録音図書を作るサービスは自治体の図書館、各県にある点字図書館やいろいろなボランティア団体が
やっています。 視覚障害者専用のサピエ図書館には多くの団体から点字や録音図書が納入され、そこから全国の視覚障害者に
配信されます。録音媒体としては レコード盤・テープ・カセット・CDと進化してきて現在はデジタル録音が多くなって
います。デジタルの場合は複数の利用者が同時にサピエ 図書館からインターネットでダウンロードして聞くことができます。
私がこのボランティアをしている場は高田馬場にある日本点字図書館です。点字という名前がついていますが今の活動の中心
は録音図書です。 ここでの音訳は3つの部門があります。
(1)一つはそこにある防音室で録音図書を製作するスタジオ録音です。
(2)次は自宅でパソコンとマイクを使って 録音をしたファイルをインターネットで 点字図書館のサーバーに送る「びぶりお工房」 です。
≪左の写真が自宅にある録音装置です≫
(3)三番目は読んでもらいたい本を点字図書館に持参する利用者に対面で本を読む
「対面個人朗読」です。
私は「びぶりお工房」と「対面個人朗読」を手掛けています。
「対面個人朗読」では個室で初めて見る本を2時間、利用者の面前でかなりの早口で読みます。一方録音図書は図書館に永く
残るので発音・ アクセント・イントネーション・雑音・読み癖などが厳しくチェックされます。
「びぶりお工房」では、一冊の本毎に朗読者・校正者・管理者が 三人一組で取り組みます。朗読者が録音した音源はネットを
使って日本点字図書館のサーバーに送られ、それは自動的に校正者に送られ、校正が 済んだ音源は同じように管理者に送られ、
それは翌日には朗読者に戻されて、朗読者が修正します。15分から30分ほどの音源ファイルが このように飛び交って10時間
にも及ぶ録音図書が作られてゆきます。1冊の本の完成まで私の場合は3ヶ月ほど掛かります。この3人組は日本点字 図書館を
介してネットで結ばれますので日本全国どこにいても参加できます。私はこれまで東京・神奈川の他、千葉・岩手・山口の方と組んでき ました。 私の朗読の技術は拙いもので、家内からは「何を読んでも洗濯機の取り扱い説明書のように聞こえる」など
と言われますが、それにもめげず これまでに14冊の本を朗読してきました。科学・哲学・歴史を中心にあまり他の人が手掛け
ない地味な本が多いので利用する人はそう多くは ありません。しかし「都道府県の地理と歴史」の本を朗読したものでは、
900人以上の人がダウンロードして聞いてくれました。私の読んだ本 でも待っている人がいると思うと勇気をもって取り組め
ます。
そもそも日本の視覚障害者の数は、障害者手帳をもっている人が31万人だそうです。しかし日本眼科医師会の推計は弱視者
を含め164万人 としています。これに識字障害者(人口の5%との説も)等を加えると、点字あるいは録音図書を必要とする人
の数はもっと増えます。 サピエ図書館には点字本18万冊と録音図書88万冊がありますが、印刷された本の数と比べると微々たる
ものです。日本点字図書館では約270名 のボランティアが年間630冊(点字160,録音470)の図書を製作しています。
他の団体が製作する本を合せても利用者に満足してもらうにはほど 遠い現状です。
ボランティアは平均年齢60才台、女性が多数派で、製作する本は小説に偏る傾向があります。将来的にはAIを導入した機械が人に 替わって読むことになりますが、高性能・小型で安価な機械が一般に普及するまではボランティアが支え続ける必要があります。
【終わりに】
定年後の活動では、会社や学校のOB会を除くと、過去の経歴とはまったく離れたお付き合いとなります。過去の経歴について
語ることも尋ねることもなく、ただ目の前の人を自分の感性を頼りにしてお付き合いすることになります。共通の心意気で共通
の目的や趣味に取り組み、参加・離脱も自由意志です。
また定年後の活動では女性の仲間の比率が大変高くなります。私の場合では、大学の聴講は学生の半数近くが女性(学生との
お付き合いはありませんでしたが)、調停委員では規定により50%(調停は男女のペアで取り組みます)、音訳のボランティア
では大多数が女性となります。
この2点は会社での仕事とは大変違っていました。ある異業種交流会のきまりに、「孫自慢、病気自慢、仕事自慢、色恋沙汰は
御法度」というのがあって、定年後の活動の性格を言い得て妙だと思いました。了