皆様からのお便り 「米国の風車は今」 松浦一郎様

 2016.4-2021.4まで5年間米国駐在 Diamond WTG社(陸上風車事業会社) 会長を務められ、米国風車事業で活躍された松浦一郎様
より投稿頂きました。松浦様は1981年(昭和56年)に三菱重工入社(長崎造船所第一工作部配属)され第一工作部長、副統括、再生可能エネルギー事業部長など歴任され脱炭素化の動きで脚光浴びている風車事業の最新情報を書いて頂きましたのでご一読ください。【伊藤】

       米国の風車は今      松浦一郎

 2021年10月末から11月にかけてイギリスグラスゴーでCOP26が開催され、各国首脳他が参加して、気候変動防止、脱炭素に
向けて熱い論議が交わされました。地球の将来のために待ったなしの状況になっていると言われる温暖化対策。その温暖化防止
の有力対策の一つとして挙げられ、導入が急速に増えている風力発電。

 風力発電装置については、良くご存知の方、詳しい方も多いと思いますが、三菱重工は、長崎で風力発電装置の開発、製造、
販売に40年前から取り組み、徐々に大型機を開発し、多くの風車を世界の市場に送り出してきました。

 その多くは米国向けで、これまでに累計で約3600台/3.9GWもの三菱風車が、米国に納められました。
残念ながら今から10年前に、GEとの長引いた特許訴訟、重大不適合の多発が引き金となって、三菱重工は社の方針として
米国市場での新規風車の製造販売から撤退を決めました。国内については、その2年後まで継続して同様に新規市場から撤退。
 その後、重大損傷対策とアフターサービスに専念してきましたが、2020年までに、全ての重大損傷対策が完了し、全ての客先
と友好的な形で保証期間満了の合意に至りました。また、その費用についても撤退を決めた時に承認された当初の予算(特損)
の範囲内で、将来の分も含めて対策費用が収まる目途がついています。

 これらの三菱風車の中には役目を終えて、次の世代の風車に置き換えられたものもありますが、現在も多くの三菱風車が、
引き続きカーボンフリーのクリーンなエネルギーを元気に供給し続けています。
 また、ユニークな例では、2001年に納入したWhite Deer(1000kw×80機)というサイトを2018年に客先から
「買い取りというか買い戻し、発電事業も行っています。買い戻しと同時に、少額の投資で性能向上工事を行って、
PTC(Production Tax Credit;優遇税制制度)の条件を満足させ、20年の製品寿命終了に至った風車を三菱重工の技術・知見
と泥臭い現場技術者・設計者の努力で余寿命の延長を図りつつ、優遇税制のメリットを享受するという形の発電事業に取り組んで
います。

 その結果、米国の三菱重工グループの事業運営に必要な電力相当をこのWhite Deerサイトが生み出すクリーンなエネルギーで賄える様になっており、サステイナブルな事業運営の実現に貢献しています。


 米国全体の陸上風車に目を広げるとその設備規模は、2020年に新たに導入された陸上風力発電設備容量が17GW、累計は122GWにも上っています。日本の風力発電設備の累計容量は4GWですので、米国は、なんとその30倍にもなります。
 三菱重工が撤退を決めた2011年の米国内風車の累計容量は約40GWでしたので、この10年で3倍になっています。
更に今後10年の間に、220-260GWの陸上風車が新たに設置されて、今から更に3倍になると予想されています。

             【日米の風力発電量推移を一図に纏めたもの:規模と増加率の違いが分かります】
                オレンジ色=日本 、緑色=米国 右軸=年間設置量、左軸=蓄積設置量

 これらの新規風力発電設備による電力は、今、米国及び世界の経済を大きく動かしているGAFA等が、積極的に長期契約を
結んで買い取って100%クリーンエネルギーによる事業運営を行っていることをアピールしつつ、事業拡大しています。

 では、その売電単価はどうか、というと米国の風力発電による売電価格は非常に低く、地域、時期、時間帯によって変わり
ますが、日本円換算で1円台/kwh、時にはマイナスということも珍しくありません。ちなみに先のWhite Deerの発電事業計画
に織り込んでいる売電単価は1.1円/kwhで、2020年の実績は1.8円/kwhです。

 この安い発電単価を実現するため、製造メーカは、より安くて信頼性の高い風車、低い風速でも少しでも多く発電できる
ロータ径がより大きな風車の開発・投入に鎬を削っています。また、維持費を抑えるため、より安いメンテナンス費の
サービサーが求められる、という厳しい市場です。
 そのため風車メーカは、現在GE、Siemens、Vestasの3社に絞られてきていますが、各社から公表される風車部門の損益は、
赤字となっているケースが多く見受けられます。

 そんな厳しい市場環境と、社内の空気から判断して、三菱重工が風車の製造に復帰することはあり得ないと感じますが、
これまで長い間、風車の開発、設計、販売、製造、建設並びに色々なトラブル、難しい客先や困難な課題に真摯に取り組んできた
三菱重工の風車関係者の知見、客先とのネットワークが、今後日本でも加速される脱炭素社会の構築、発展に寄与し、日本と
三菱重工と何より風車関係者に明るい未来が開けることを心から願っています。

         【ポートランド事務所でスタッフと集合写真:座っている右側が筆者】

 

          米国White Deer Wind Farm(1000㎾ x 80基)】